佳姫の婚礼11-数々の嫁入道具-

2011年4月3日

 宇和島藩9代藩主伊達宗徳(むねえ)と佳姫(よしひめ)との婚礼について追ってきましたが、秋田藩の記録からは、佳姫が宇和島藩に嫁入道具として持ち込んだ品の一端もうかがえます。安政3(1856)年7月よりとされる「佳姫様伊達様へ御入輿(にゅうよ)御召京都御注文申立控」を見ると、「御香御用」として銀葉や極上伽羅(きゃら)などの香木をはじめ、縮緬(ちりめん)の大夜着、綸子(りんず)や縮緬の振袖地などの多数の衣装が書き上げられています。香木や衣装などの多くが、伝統文化を体現する都市、京都に発注されていたことがわかります。その費用は金にして804両余り。1両5万円で換算すると、4000万円余りになります。

 また、この他にも、秋田藩の奥手代役が作成した安政3年10月の「佳姫様御引越御用立申立」という記録が遺されています。この記録には、様々な種類の笄(こうがい).かんざしなどの髪道具をはじめ、琴、義太夫三味線などの楽器類、袂入(たもといれ)や巾着(きんちゃく)、袱紗(ふくさ)などの小物類、眉(まゆ)はけ、眉白粉(まゆおしろい)、紅筆などの化粧道具などが記されています。こちらの費用は金で305両余り。現在の感覚でいうと1500万円余り。これらはおそらく以前記した5000両の支度金の中で準備されたものと考えられます。

 しかし、秋田藩の記録には、三棚をはじめとする婚礼調度をつくる経費を見出すことができません。佳姫が宇和島藩に持って入った婚礼調度は、花菱と幸菱を組み合わせた幾何学模様で埋め尽くし、要所に秋田藩の家紋月丸扇紋を散らした大変豪華なもので、この調度の製作により秋田藩の財政が傾いたという言い伝えもあります。このことについて、藤川裕子氏は縁組より以前に既にこれらの調度が準備されていたと推測していますが、先に記した婚礼時の秋田藩の経済状況を見ると、私もその理解でいいのではないかと思います。つまり、佳姫の婚礼調度は以前に準備されていたものが転用された可能性もあり、そのため財政状況の悪化した幕末の大名家の婚礼調度としては異例の豪華さであったとも考えることができます。佳姫の婚礼調度は、大名家の質量ともに最も充実した大名家の婚礼調度として、(財)宇和島伊達文化保存会に現在も伝わっています。