佳姫の婚礼13-奥女中が見たイギリス軍艦-

2011年4月6日

 慶応2(1866)年のイギリス軍艦の宇和島来訪時のことを語っている人物として、シーボルトの孫娘高子がいます。高子はシーボルトの門人二宮敬作の甥で、自身もシーボルトが再来日した際に最後の門人となった三瀬諸淵と同年に結婚しています。高子は結婚前には宇和島藩の奥女中をとつとめていました。奥女中として体験したイギリス軍艦見学の模様を後に回想して語っています。

 この時の破天荒のことは、殿様の思召で、私共大奥の女中三十名が総勢挙って、黒船見物と申すのですから、大変であります。各々懐剣を用意して、マサカの場合には只では死なぬと、悲壮な覚悟を極めて参ったのでございます。…(中略)…参ってみれば、士官方の丁重な親切な接待ぶりで、皆アツケに取られました、私以外の女中方が驚いたのは、甲板上で襦袢を洗濯する水兵があり、襦袢をもつ毎に指の先から大変小さい泡を出して居る、シヤボンと云うものを知らぬ女中方の驚きは、非常なものでした。(長井石峰「シーボルトの孫高子逝く」(『伊予史談』97号、1938年)

 晩年の回想なので、どこまで正確かはわかりませんが、初めて目撃したイギリス軍艦の様子を生き生きと証言しています。もしかすると高子が語っているのは、佳姫(よしひめ)たちがイギリス軍艦を訪れた際に、奥女中たちも一緒になって見学した際の光景かもしれません。西洋人と日本の奥女中、鎖国時代なら相まみえることはありませんが、遠く隔たっていた二つの文化が触れあった瞬間を高子は語っているともいえそうです