ミゼットがやってきた

7月 10日 日曜日

展示作業が続くある一日。博物館のトラックヤードにミゼットが到着しました。

ミゼットは車載車で運搬。長い搬入路を通って、ゆっくりと企画展示室に進んでいきます。

そして、お菓子のホウロウ看板がかかる建物の横に無事に設置。さすがの存在感。展示室がにわかに昭和色が強い空間に変わります。

昭和30年代はまだ通りには自家用車が少なく、ミゼットをはじめとするオート三輪を多く見かけました。松山市内の乗用車の数として、昭和36(1961)年に1104台という記録がありますが、世帯数でいうと57世帯に1台の割合になり、自家用車がまだ高嶺の花だったことがうかがえます。昭和30年代は、荷物をのせて走る働く車、オート三輪の時代だったともいえそうです。今回の展示室のようなお店屋さんの隣にオート三輪がとまっているのは、昭和30年代にふさわしい情景だったことになります。

写真は松山市の御宝交差点付近を走るオート三輪。昭和33年、山内一郎氏撮影。