調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第49回
2019.7.9

昭和初期 最先端の玩具

クレーンゲーム型自動菓子販売機

戦前戦後、宇和島市の玩具・雑貨店に置かれていたクレーンゲーム型自動菓子販売機=製作・昭和初期、県歴史文化博物館保管
 今回は元祖UFOキャッチャーともいえる「クレーンゲーム型自動菓子販売機」を紹介する。
 今年(2019年)1月のこと。ある来館者から「こんな物が昔から家にあるが、役に立つだろうか?」と問い合わせがあった。持参された写真を見て、昭和初期のクレーンゲームだと直感した。実は2005年に開催した巡回展「いま・むかし おもちゃ大博覧会」で、写真と同じクレーンゲームを展示した経験があった。
 詳しく話を聞くと、戦前から戦後にかけて宇和島で玩具・お菓子・日用品を販売しており、軒先にこのクレーンゲームを置いていたようだ。寸法は縦46.5cm、横64.5cm、高さ86cm。宇和島空襲の際は、間一髪で戦火から逃れることができたそうだ。当時最先端の玩具が宇和島にも普及していたこと、そして何よりも現在まで保存されていたことに驚いた。
 資料の状況について尋ねると「まだ動くかもしれない」とのことだった。後日、興味津々で受け取りに赴き、恐る恐る動かしてみるとスムーズに動いた。よく見ると、その仕組みは次のようになっていることが分かった。
 1銭を入れてハンドルを回すと、クレーンが左に回転。ここぞと思う場所でボタンを押し、再度ハンドルを回すと、クレーンが下りて、運が良ければお菓子をつかむ。さらにハンドルを回すと、クレーンは右に回転して元の位置に戻り、お菓子を離す。一連の動きがハンドルの回転運動で完結しているのだ。ちなみに「値段史年表」によると、大正9年~昭和14年当時のキャラメル20粒が10銭だった。
 UFOキャッチャーやクレーンゲームの面白さは、投入額より高価な景品を得るチャンスであるが、現実は簡単ではなく、取り損ねることの方が多い。「次こそは!」と度重ねるうちに投入額が増加して、目的が景品の獲得からゲームそのものへ変化していく。このクレーンゲームでも、多くの人々が一喜一憂したことだろう。

(専門学芸員 平井 誠)

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