調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第71回
2020.6.4

病魔防ぐ意味込めた?

宇和島藩札の神獣「白澤」

宇和島藩の藩札に描かれた神獣「白澤」=愛媛銀行蔵・愛媛県歴史文化博物館保管
 新型コロナウイルスの感染拡大により、疫病退散に御利益があるという「アマビエ」と呼ばれる妖怪が全国的に大人気だという。愛媛にもアマビエを描いた資料はないかと当館きっての妖怪博士といえる学芸員に聞いてみたところ、アマビエはいないと即答。しかし、宇和島藩札を見よというヒントをもらった。
 藩札とは、江戸時代に各藩が発行した地域紙幣である。藩が独自に発行した藩札は、偽札防止の観点もあってかさまざまな図柄が採用されており、お金にまつわるような宝珠や七福神といった縁起のよい図柄が多くみられる。
 宇和島藩の藩札を見よというからには、きっと何か描かれているに違いない。文政13(1830)年発行の宇和島通宝とよばれる藩札の図柄を見ると、札の下部に頭と背中に何本もの角が生えた4本足の奇妙な生き物が描かれている。
 これは、「白澤(はくたく)」という中国の想像上の神獣。6本の角と九つの目を持ち、人語を解する生き物で、優れた政治者の時に出現し、病魔を防ぐ力があると信じられていたそうだ。
 よく見ると、頭と背中に計6本の角は確認できる。でも、顔にある三つの目は確認できたが、両脇腹にある残り六つの目は残念ながら見つけられなかった。真正面を向いているので脇腹にある目は描ききれなかったのだろうか。おじさん顔の愛嬌(あいきょう)ある表情に見えてきて、くすっと笑ってしまった。
 江戸時代の旅のガイドブック「旅行用心集」には、白澤を描いた図を持って旅をすると安全であると紹介されている。また、江戸時代にコレラなど流行病の時などには白澤の絵が売りに出され、人々はお守りがわりにこれを身につけたといわれている。
 宇和島藩が藩札の図柄に白澤を選んだ経緯は分からない。江戸時代、コレラや赤痢、麻疹といった急性伝染病の脅威にたびたびさらされていたことを踏まえると、藩札という人々が持ち歩く紙幣に白澤を描き入れることで、病魔から領民を守るような意が込められていたのかもしれない。
 アマビエや白澤にあやかり、コロナウイルス退散を切に願いたい。

(専門学芸員 宇都宮 美紀)

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