調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第13回
2018.1.13

客の幸福祝う粋な挨拶

正月用引札

大洲の商店「亀岡蓑松」が配布した正月用引札(明治―大正時代、県歴史文化博物館蔵)
 「引札」とは、現在のチラシ広告に当たる。客の心を「惹(ひ)く」もの、客を店に「引っ張ってくる札」などと言われている。江戸時代から作成・使用されていたが、明治30年代に石版多色刷りの引札が登場して、大正時代にかけて新聞の折り込みとして大量に配布されるようになった。
 当館所蔵の引札は「正月用引札」と呼ばれるものが多い。商店の店主が年末年始の挨拶も兼ね、限られた範囲の顧客に手渡していたもので、年賀状のような役割も担っていた。一枚の紙は店名や簡潔な広告文とともに、正月にふさわしい七福神や干支(えと)の動物など華やかな縁起物で彩られている。
 写真は、現大洲市の商店「亀岡蓑松」が配布した「正月用引札」である。「万荒物幷ニ小間物清酒卸小売」と、日用品やお酒を販売する宣伝文はやはり短い。
 画面3分の2を占める絵柄は、富士山と日の出をバックに、金のなる木を育てる大黒天と恵比寿である。枝にある「夫婦中よ木(夫婦中良き)」や「あさお木(朝起き)」などの良き心得を守れば、幹である「諸事交さいよ木(諸事交際良き)」は太く大きくなり、金のなる木には小判などのお金がたくさん実っていく。人間関係を良好にするとお金になって返ってくるという、なんとも商売に合った絵柄といえる。
 かいがいしくじょうろで木に水をあげる大黒天も、木の根元に座り、まだ小さな「子供大木」を「子宝はわたしのかゝりじや」と大切そうに育てる恵比寿も、よく見る米俵に乗った姿や鯛(たい)を抱えた姿とは違った描き方をされていて面白い。
 「正月用引札」は、お店をPRする情報量は少なく、広告としての役割は小さい。しかし、そこには店主の顧客に対する新年の挨拶と幸多き一年になるようにという思いが込められている。また顧客には、おめでたい絵柄であふれた縁起物と言える引札をもらうことを、正月の楽しみにしていた人もいただろう。
 「正月用引札」は、限られた範囲ではあるが、商店と顧客をつなぐ重要なコミュニケーションツールであり、新年の幸福を祝う店主の粋な挨拶だった。こんな、おめでたいものづくしの引札をもらえれば、「よ木(良き)」一年が過ごせそうだ。

(学芸員 甲斐 未希子)

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