調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第118回
2022.5.24

多様な技術の粋 集める

鯉の染め型紙

鯉の文様の型紙。縦24.4cm、横41.1cm。江戸時代-明治時代。県歴史文化博物館蔵。
 型紙は、和紙を柿渋で貼り合わせた「型地紙(かたじがみ)」と呼ばれる紙に、人の手で文様が彫り抜かれている。江戸時代、伊勢(現在の三重県)で生産・販売が盛んだったことから「伊勢型紙」とも呼ばれ、全国へと行商された。型紙を布の上に置き、文様の部分に糊(のり)を置くことで、布を染めあげた後、文様部分だけが白く残る。
 本資料は、伊方町の個人から寄贈された型紙の中の一枚で、渦巻く波の中を泳ぐ鯉(こい)の姿が見える。先祖は江戸時代に紺屋と藍商人であったとのことであり、寄贈された多くの型紙には「天保八年」(1837年)など墨書されたものも散見できる。
 小刀を突きさし、少しずつ動かしながら彫り進めていく「突彫(つきぼり)」という技法で、文様が彫られている。突彫はこのような躍動感あふれる絵柄の型紙を彫る場合に適している。
 また、本資料のように空白の多い絵柄の型紙は、染める際に不安定になるため「糸入れ」という技法が施されている。貼り合わされた型地紙を一度はがし、周囲をこよりで止めた状態で文様を彫る。彫り上げた後、こよりをはずし、型紙の間に補強のための糸を挟み込むという、大変手間のかかる技法である。1921(大正10)年ごろ、絹の網を漆で貼る「紗張(しゃばり)」という新しい技法が発明され、これ以後は糸入れを用いることが少なくなった。
 型紙を長い布の上に順にずらして置いていき、糊を置いて染める。そのため、図柄の上下がつながるように考えてデザインされている。限られた空間の中で、考え抜かれたデザインの鯉は、いきいきと見える。その一方で、錐彫(きりぼり)などの技法で、無地と見間違えるほどの細かい文様の型紙もあり、多種多様な技術の粋が集められた型紙は、バラエティーに富んだ美しい文様とあいまって目を見張るものがある。
 そして精緻な型紙で染められた布もまた、技術と経験の結晶であり、彫りと染め、どちらが欠けても型染めの美は生まれることはない。卓越した染めの技術を持った職人が愛媛にも存在していたことを物語る資料といえるだろう。

(専門学芸員 松井 寿)

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