調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第122回
2022.7.29

伊予で拝領 窮状訴えか

絵師草紙

「絵師草紙」。拡大図(下)では、手にした綸旨に「伊与国得」などの文字が見える。江戸時代中期、県歴史文化博物館蔵
 朝廷から所領を拝領した一人の絵師を巡る出来事を描いた、「絵師草紙(えしのそうし)」という絵巻がある。原本は宮内庁三の丸尚蔵館所蔵で、鎌倉時代末期ごろの作とされる。原本は絵と詞書(ことばがき)を交互に配するが、当館所蔵の本資料は絵を先に、詞書を最後まとめ、詞書には錯綜(さくそう)がみられる。模写した際の底本に、すでに改変や錯綜があったようだ。
 この絵巻、実は愛媛県と関係がある。3段構成のうち第1段では、主人公の絵師が何かを眺めて口元をほころばせ、隣の部屋では大勢が集まり宴を催している。絵師の視線の先には、やや黒っぽい紙に「伊与国得」「令知行」「天気」の文字がのぞく文書がある。床には「参川権守殿 少納言」と書かれた包紙もある。「薄墨の綸旨(りんじ)」といわれる宿紙(しゅくし)を用いて天皇の意を受けて発給される文書で、伊予国得能保(とくのうほう、西条市丹原町)が三河権守(みかわごんのかみ)という絵師に与えられたことが読み取れ、所領を得た喜びが描かれている。
 しかし、第2段では所領は年貢がとれる状況ではないという実情を知った悲嘆、第3段では遠い伊予から近い所領に替えてもらう要望をするもなしのつぶてという様子が描かれている。最後には、この窮状を絵にして訴え申しますと結ぶ。
 何ともリアリティーある描写の絵巻だ。内容は架空であるとの見方がある一方で、実話ではないかとする興味深い見解もある。後醍醐天皇の復興政策の中で、1325(正中2)年9月に実際に綸旨が発給されたものの、年貢収納が思いどおりにならないためその後3度訴えを繰り返し、なおも進展しない裁定にさらなる訴えを起こした際、訴状として用いたのがこの絵巻そのものではないかというのである。
 有名な人物や出来事、物語などを題材にせず、一絵師の訴訟を描いた珍しい絵巻で、主人公の絵師が実在したとすれば、伊予の地を拝領した絵師の本名や事績、出来事の顚末(てんまつ)など、さまざまな興味が湧いてくる。

(専門学芸員 山内 治朋)

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