調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第125回
2022.9.7

全札所 平成の景観記録

四国霊場の鳥瞰図

小亀博「四国霊場四十六番医王山浄瑠璃寺」(「四国霊場案内図会」収録、1996年、県歴史文化博物館蔵)
 松山市の故小亀博(こがめひろむ)氏が1995(平成7)~2009(同21)年にかけて制作した「四国霊場案内図会」は、平成時代の四国八十八カ所霊場の全札所の景観を鳥瞰図(ちょうかんず)の手法を用いて細密に描いた絵画作品で、全87点からなる。
 鳥瞰図とは鳥が眺めているように上空から斜めに見下ろしたように描く図法のことで、立体的に描かれる点に特徴がある。
 小亀氏の作品は四つ切り画用紙に、ボールペンで札所の境内や周辺を細部まで緻密な線で描き、水彩絵の具で淡い色を巧みに重ねている。建物の配置から小さな石仏一つまで、詳細に描き込まれ臨場感にあふれている。
 今回紹介する第46番札所の医王山浄瑠璃寺は行基による開基と伝えられ、本尊は薬師如来。四国遍路で松山市内8カ寺の最初となる札所である。小亀氏は青葉の美しい6月に描いている。難所として知られた三坂峠から下った旧土佐街道沿いに位置する浄瑠璃寺には山門はなく、参道の正面の奥まったところに本堂、向かって右に大師堂、左に一願弁天堂が立つ。緑に包まれた境内の中央にはイブキビャクシン(松山市指定天然記念物)が高くそびえ、参道沿いには釈迦(しゃか)の足形を刻んだ仏足石、弘法大師が巨岩を動かして民衆を救済した伝説にちなむ網掛け石など、さまざまな由来をもつ石造物も描き分けている。
 小亀氏が描いた四国霊場の札所寺院の絵図は、大空から見た札所の境内や周辺の景観が一目瞭然で手にとるように分かる。作品を順番に眺めていくと、まるで居ながらにして、四国遍路を仮想体験しているような面白さがある。また、過去の遍路経験を回想しながら鑑賞する魅力がある。
 四国八十八カ所霊場の景観や四国遍路のあり方は時代とともに変わっていく。本作品は平成時代の四国霊場の姿を分かりやすく記録した貴重な歴史・絵画資料といえる。

(専門学芸員 今村 賢司)

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