村上節太郎写真1 膨大に残るフィルム

4月 4日 水曜日

村上節太郎写真箱 
 明治42年に現在の内子町平岡に生まれた村上節太郎は、昭和32年に愛媛大学教授となり、同35年に「日本柑橘栽培地域の研究」により理学博士の学位を受けるなど、柑橘類研究の第一人者として知られる。また、カメラをこよなく愛し、大正11年に県立大洲中学校に入学、以来平成7年に亡くなるまで、膨大な写真を撮影した。その数はフィルムだけでも推定20万枚、プリントも含めると36万枚にも及ぶ。

 撮影地は日本だけでなく海外にも及ぶが、最も枚数を費やしているのが地元の愛媛で撮影された写真で、同じポイントにも何度も足を運び撮影を繰り返している。そのため、写真には愛媛に生きる人々の暮らしが、変化も含めてありのままに写し出されている。このシリーズでは、愛媛の記憶庫ともいえる「村上節太郎写真」から、ちょっと昔の愛媛の姿、暮らしを紹介したい。

西日本には少ない鹿踊

4月 2日 月曜日

吉田祭礼絵巻の鹿踊

 この写真は、当館所蔵の「吉田祭礼絵巻」(大正5年写)に描かれた鹿踊です。吉田祭は、宇和島市吉田町で毎年11月3日に行われています。江戸時代から賑やかな祭礼として有名で、現在でも鹿踊の他に、牛鬼(うしおに)や山車(だし)、御船(おふね)、四ツ太鼓、七福神など様々な練り物が登場します。
 
 さて、鹿踊は、南予地方の代表的な民俗芸能です。現在約70ヶ所で伝承されていますが、もともと鹿踊は、今から約400年前の江戸時代初期に伊達家が宇和島藩主として入部した際に東北仙台から伝えられたといわれています。

 現在の仙台の鹿踊と比較すると、頭の形相(ぎょうそう)は異なりますが、頭頂部の飾り物や幌幕(ほろまく)の五行色の横縞模様、そして唄われる歌詞等に共通する点が見られます。
 
 西日本において鹿踊(一人立シシ舞)は、南予以外では、南予に隣接する高知県西部や、武州川越(現埼玉県)酒井家の移封により福井県小浜市に伝えられているのみです。

 東北地方の民俗芸能文化が、400年の時を経ながら、現在、南予の地域文化として伝播・定着している事例として、非常に興味深く、当館でもこの鹿踊の調査研究・映像記録の保存を随時進めています。

ブログはじめます

3月 31日 土曜日

博物館での日々の出来事や収蔵資料の紹介、
展示室のみどころなど、歴博の学芸員がリレーで紹介していきます。
あなたの興味のある歴史の話も掲載されるかも!?
不定期発信ですが、ぜひのぞいてください。

テーマ展「おひなさま」は、残すところ1週間となりました。
博物館の桜は、まもなく満開になります。
お花見もかねて、ぜひ博物館へお越し下さい。

Page 107 ⁄ 107« 最初へ...102030103104105106107